士郎正宗『攻殻機動隊 (1)』 KCデラックス [コミック]
「草薙素子はなぜ草薙なのか?」

攻殻機動隊に出てくる草薙素子の草薙が、草薙剣から来ていることはよく知られている(1)。そしてヤマトタケルが敵の罠にかかって周囲から火責めにあったとき、草薙剣で足元の草を払って敵を撃退したという地が静岡県の焼津である。しかしなぜこんな神話に出てくる剣の名前を、士郎正宗は主人公につけたのだろうか。他にも「フチコマ」という名前を、スサノヲノミコト(須佐之男命)の乗る「天乃斑駒(あめのふちこま)」から取るなど(2)、士郎正宗の作品には、神話から題材を取った名前が多い。もちろんマクルーハンがいうように「新しいメディアの登場は古い感性を呼び戻す」と答えてしまえば簡単だが、それではあまりに芸のない答えだろう。もう少し深読みをしてみたい。

草薙剣とは、スサノヲが出雲に下り、住民を悩ましていた「八頭の大蛇(ヤマタノオロチ)」と戦った際、大蛇の尾の中から見つけたものである。石見神楽の『大蛇』も、大蛇が火を吐くシーンばかりが有名だが、本来はこのときのことを記念して演じられているものである。このヤマタノオロチの神話には様々な解釈があるが、とりあえずは「剣」に象徴される鉄器技術の発達によって、「大蛇」に象徴される川の氾濫を抑えた治水事業の様子を語っていると解したい。

スサノヲによって発見された草薙剣は、アマテラスに献上され、時代が下ってヤマトタケル東征の際、景行天皇からヤマトタケルに授けられることになる。現在でも静岡県静岡市清水区には草薙神社という神社があり、「龍勢花火」という祭りが行われている。広場に発射台を組み、そこから巨大なロケット花火を打ち上げるのだが、これも恐らくロケット花火の軌跡を「龍」=「大蛇」に見立てて、雨乞いをしたのがその起源ではないかと思われる。実際、林羅山も『丙辰紀行』の中で、ヤマトタケルが腰に帯びた剣から、蛇のような龍が現れ、その雲気によって敵の火が消えたと、暗に焼畑農耕から稲作農耕への移行を暗示するような漢詩を遺している。羅山は、この詩の着想を、旅の途中で出会った地元の人との会話で得たはずだから、草薙剣が「水」と関連した剣であることは間違いなさそうだ。

一方、草薙素子の「素子」が、半導体素子から来ていることもよく知られている事実である。草薙素子には、全身擬体、つまり脳以外すべてサイボーグという設定が与えられているのだが、ネットで生まれた生命である「人形使い」を登場させたことで、士郎正宗はこの設定自体に疑問をもつようになる。つまり生命現象とは、電気雲の基本的な構造から生み出されたものにすぎず、脳医学用の素子(デバイス)を詰め込んだサイボーグになら生命がやどるのではないかと考えるのである。士郎が、セルロイドの人形にも魂の入ることがあることを強調したり、『攻殻機動隊』第一巻の終わりを、草薙素子と人形使いとの融合で締めくくったのは、サイバネティクス化する社会の中で、人間の魂や命というものが、本質的に特別なものではなく、モノ・ベースのものになることを士郎が予見していたからである。ちなみに士郎は、生命を生み出す電気雲を、天御柱と同一視しているが、この天御柱も竜巻のイメージをもった五穀豊穣の神であるとされる。

恐らく作者の士郎正宗は、この「素子」という名前に、情報革命を可能にした半導体素子や集積回路による、人間の意識の支配という意味を込めている。言い換えれば、剣に象徴される「鉄」が治水技術のような「外なる自然」の支配を可能にした象徴とするならば、「素子」は人間の意識という「内なる自然」の支配の象徴とみなされているのである。確かに今のところ私たちは、人工心臓のような特殊な例を除いて、草薙素子のように自分の体を擬体化していない。しかし1990年代から、自分の意識が誰かに覗き見られているのではないか、あるいは自分の意識は知らず知らずのうちに別の誰かにコントロールされているのではないかという不安を描いた小説が登場し始める。

トマス・ピンチョンは『ヴァインランド』(1990)の中で、クレジットカードを利用することで、知らず知らずのうちに自分の消費行動をカード会社に知らせ、データベース化されている不安を語っているし、ウィリアム・ギャディスは『フロリック・オブ・ヒズ・オウン』(1994)の中で、今ここにいる自分ではなく、カードのうえの電子的なデータとしての自分こそが本当の自分なのではないかという不安を描いている。『攻殻機動隊』の中で語られる不安も、この種の不安、つまり私たちの意識は、データベースとして管理され、解析され、私たち自身以上に把握されているのではないかという不安なのである。最近でも”Youtube”のホームページの中に「あなたへのおすすめ」の欄ができたとき、不安に駆られた人たちがネットで騒いでいたように思うが、これなども、あくまでその他大勢として扱われていると思っていた自分の情報が、実は個人単位で把握されていたことを知ったことに対する驚きや不安の現われだったのではないかと思われる。しかもそれが自分の趣味や嗜好性の部分に関わっていたために、さらに気持ち悪かったのである。

特に『攻殻機動隊』やピンチョン、ギャディスの小説が発表された九十年代前半は、まだWindows95が発表される以前であり、パソコンやインターネットによる「内なる自然」支配が、具体的にどのようなメリット・デメリットをもたらすか把握できていない時代だった。そのことが作家たちの不安と同時に、想像力を駆り立てることになったのだろう。「さあて、どこに行こうかしらねえ、ネットは広大だわ」という草薙素子の最後のセリフは、そうした不安や希望をないまぜにした象徴的な言葉のように思えてならない。(関竜司)

(1) 『マンガ夜話VOL.5 望月峯太郎「バタアシ金魚」古谷実「行け!稲中卓球部」士郎正宗「攻殼機動隊」』、キネマ旬報社、1999年, p.226-227.
(2) Ibid.

(参考文献)
『マンガ夜話VOL.5 望月峯太郎「バタアシ金魚」古谷実「行け!稲中卓球部」士郎正宗「攻殼機動隊」』、キネマ旬報社、1999年
『攻殻機動隊メカニカル解析読本』、講談社、1998年
『新訂東海道名所図会』、ぺりかん社、2001年
木原善彦『UFOとポストモダン』、平凡社新書、2006年