(この原稿は、〈プログレスレポート第3号〉に掲載したものの再録です)  
  

2008年9月30日刊(徳間書店)

【第9回日本SF新人賞受賞作】

  こういうSFが好きだ。私・宮野にとってSFとはこのようなものだ。目次からして、大風呂敷である。「1 あらゆる物語の序章」に始まり「14 あらゆる物語の終章」に至り、そして、「1 〝あらゆる物語の序章〟」で終わる。内容も、目次に恥じない。  「宇宙細胞」は、地球上のあらゆる生物を呑み込んでいく単細胞生物だ。ヒロイン・舞華は、それが南極の氷の中より解き放たれるところから事件にかかわることになる。 

 地球上の最初の生物は「単細胞生物」だった。細胞分裂は、最初の生殖であると同時に、最初の死だった。死と生殖は同じ現象の別名だ。我々はそこから出発した。 出発といっても、そこを離れたわけではない。そこを起点として四方八方へ、いわば球状に、存在のバリエーションを生じさせていったのが生命の歴史だ。その意味では、むしろ、そこへの完全なる回帰こそが我々の真に求めるところかもしれない。

「宇宙細胞」の正体を巡って、ヒロイン・舞華は報道記者・目黒たちと思弁に満ちたやりとりを交わす。それは、刺激的かつスリリングだ。 目黒がきわめてヒロイックに「大事なのは雌だ。女だ」という言葉と「なぜか、満足しているような笑顔」を残してこの世を去った時に、舞華はわめく。

 イカシてるんじゃない――イカレてるんだよ。

 強がる、粋がる、そのくせ情緒的(おセンチ)で夢想屋(ロマンチスト)な男の、自己中心的な美学(ナルシシズム)だ。

 ただおまえが、おまえたちが、生きるのに、闘うのに、疲れただけだろう?

 わたしたちのためにその身を、命を捨てる?

 ―中略― ふざけるな。            (269頁)

 

 そして、その50年後、「九 地球最後の女」は、このように始まる。

 日本、その国の象徴ともいうべき霊峰富士山山麓から、蒼い山肌を、片脚を引き摺りながら這うように登る人影があった。(273頁)

 人影は、老婆となった舞華である。 麓から舞華を追って「ぬたりぬたりと、動きは遅いしかし休憩なしで這い登ってくるやつ」がいる。舞華以外のすべての生物を呑み込んだ「宇宙細胞」である。 ナイフを「宇宙細胞」に突き立て、そいつに噛みつきながら舞華は言う

「おまえがわたしの中に侵入(はい)るんじゃない。わたしが、おまえの中に侵入るんだ。わたしがおまえを食ってやる」(276頁)

 こうして、舞華は「宇宙細胞」と一体化する。 その場所は富士山でなければならない。そこは死と生殖が同じものであることを語った神話と深く結びつく場所だからだ。

 死の起源を、日本神話は次のように語る。 山々を総括する神・大山祇神には、二人の娘がいた。木花咲耶姫と磐長姫である。その二人を妻として与えられた男は、美しい木花咲耶姫だけを相手とした。そのために、人間の寿命は桜の花のように短くなってしまった。もし男が、磐長姫を相手としていれば、鉱物のように永遠の生命が得られたのに。

  姉妹は父から譲られた富士山に鎮座する。美しい富士山は、何度も噴火して灰を降らせた山でもある。細胞と一体化する時点での舞華は、醜い老婆である。若い頃の「猫顔美貌」が木花咲耶姫だとすれば、この舞華は磐長姫である。どちらも「舞華」というひとりの女性の相(すがた)と言える。(ご年輩の女性の方、ごめんなさい。もちろん、木花咲耶姫だけが価値ある存在というわけではありません。ちなみに宮野は50代の女性です。←…それが何?) 舞華という名は、舞い散る花のイメージから桜と強く結びつく。木花咲耶姫は桜の木を御神体とする神である。また、舞華とは、舞い降る火山灰を思わせもする。それは作物を枯らし死をもたらすものだ。

  舞華を呑み込んだ「宇宙細胞」は、富士山を包み込む。そして、変化が起こる。

 富士頂上の粘体の一部が、ひっそりと動き出す。

 細い、細い、μ(ミクロン)単位の糸状のものを伸ばし出した。擬足と呼ぶにはあまりにも細すぎるものだ。するすると天に昇り始めた糸はやがて、風に乗り、上昇気流に合わせてさらに天高くへと舞い上がる。地球が引っ張ろうとする重力に逆らうかのように、糸の先は藻掻き、蛇行しながら、天を目指す。

 宇宙、と呼べる高さにまで到着した。―中略― 宇宙空間にまで登り上がると、糸の先に小さな膨らみができ始めた。―中略― 膨らみはゆるゆるとのんびりと、だが確実に大きくなっていく。  (282頁)

 こうして、舞華と一体化した細胞は、静岡の地から宇宙空間へ跳び出していく。宇宙に出ても話は終わらない。何せ、この細胞は不死なのだから。宇宙へ飛び出してからの展開も、思弁に満ちてスリリングである。そして「あらゆる物語の終章」がそのまま「〝あらゆる物語の序章〟」という大風呂敷が完成する。こんなふうに、伴走感の得られる作品を読むのは久しぶりだった。

「とても好みです。これぞ、SFの王道だと思います。どうか究めて下さい」という内容のファンレターを作者に書いた。 作者は静岡県にお住まいである。次のようなお返事をいただいた。

【作者から】「宇宙細胞」は、応募時550枚→改稿時1050枚→書籍化時570枚、という代物。話の進行具合が、ちゃかちゃかしているのは、この話には、人間側都合の話は、要らん、と、そのテのエピソードを、ばっさり落とし、良くも悪くも(悪いだけ?)勢いのある文体も、意味が通るぎりぎりまで、景気良く、削り倒してしまった結果です。――ええと、その、次回は、もっと読みやすいものにしよう、と思っております。

「次回」というのは、続篇のことである。実はこの「宇宙細胞」は3部作の真ん中なのである。前篇もあれば続篇もあるのだ。どちらも未発表である。

 また、次の作者の言葉は、目黒の最期にあたっての舞華の罵倒の意味をつかみかねていた宮野にとって、非常に納得できるものであった。 

【作者から】「宇宙細胞」でのマイカとメグロは、初期構想段階では役割が逆でした。あのような結末が決定した時点で「この話の主人公は、女だよな」となったのです

 だから、「知っているか? 生物学的には、実は雄は必要ないという説を」(198頁)というセリフがその前に置かれているのだろう。「地球最後の女」とは、舞華のことではなく、「宇宙細胞」のことだったのか。 難儀なもの……汝の名は男。 この作品は、そういう視点から読んでも面白い。

 すべての読者が『宇宙細胞』を真ん中に挟んだ三部作を読むことができる日が来ることを、宮野は今、祈ってやまない。

                           (宮野由梨香)

富士山とその上に伸びる糸のつもり…ヽ(^。^)ノ