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(作者未詳・平安時代初期の成立と推定されている)

いまはむかし竹取の翁といふものありけり

「物語の出で来はじめの祖なる竹取」の始まりはこうだ。
この翁が、光る竹の中に小さくて可憐なものを見出す。
そして、静岡県…「駿河の国にあなる山の頂」で、物語は幕を閉じる。その山…富士の頂上で、天皇はかぐや姫から賜った「死なぬ藥」を焼かせる。

その煙いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞいひ伝へたる

こうして「いまはむかし」のものがたりは「いまだ…いひ伝へたる」ものとなり、今も多くの絵本に翻案され、わが国の子どもたちに親しまれている。

竹取の翁「いかでかさることなくてはおはせむ」(どうして結婚なさらないでいられるものか=絶対にしなさい)
かぐや姫「なんでふさることはしはべらむ」(どうして結婚なんかいたしますものか=絶対にしないわ)

人はなぜ結婚するのか? 生殖のためである。
なぜ生殖が必要なのか? いつかは死ぬからである。
ということは、死ななければ、結婚相手を選ぶ必要もないのだ。

かぐや姫は竹取の翁が本当の親ではないことを知らなかった。それをいきなり知らせて恩をアピールしながら、結婚相手を選ぶことを迫る翁とのやり取りは圧巻である。
求婚者への難題は、結婚を回避するために考え出された。彼女は結婚したくなかったのであって、決して宝物を手に入れたかったのではなかった。
5人の求婚者は、それぞれの得意とする力をもって対応する。どの力もこの世で何かを成すにあたってそれなりに有効であると考えられるものだった。
1人目は知力……「仏の石の鉢」を捜しに天竺まで行ったふりをして、近くの山寺で手に入れた偽物を届ける。当然、かぐや姫に見抜かれ、恥をかく。
2人目は権力……「蓬莱の珠の枝」を職人たちに造らせ、蓬莱から運んできたふりをする。支払いをケチったため、職人たちがかぐや姫のもとに押しかけて、これもアウト。
3人目は財力……金にあかして「火鼠の皮衣」を買い取る。本人は本物と信じていたのだが、かぐや姫は火の中にポイ。メラメラと燃え、偽物と判明。
4人目は武力……勇ましく海に乗り出し「竜の頸の珠」を捜す。嵐に遭い、竜は見つからず、あまりの難儀に逆切れして、かぐや姫を「人殺し」とののしる。
5人目は努力……「燕の子安貝」を捜してひたすら燕の巣を漁る。しかし、見つからず転落死する。
彼らの持てる力のすべてが、かぐや姫を手に入れる役には立たない。
そして、天皇が登場する。ここまでの物語は、実は、天皇を物語に連れ込み、かぐや姫と対決させるためものだった。
かぐや姫のうわさを聞いた天皇は、女官に「いかばかりかの女ぞとまかりて見て参れ」(どれほどの女か、行って顔を見てこい)と言いつける。しかし、かぐや姫は顔をみせようとしない。天皇の命令であることをかさにきて強要してくる女官に、「国王の仰せごとをそむかばはや殺したまひてよかし」(国王の御命令に対して背いたということなら、さっさと殺しておしまいになればいいのよ)と言ってのける。
その返事を聞かされた天皇は、「多くの人殺してける心ぞかし」(多くの男を殺してしまったわけだよなぁ)「この女のたばかりにや負けむ」(こんな女の策略に負けてなるものか)と思う。
これはもう、はっきりとパワーゲームの開始である。
天皇は、翁にかぐや姫を献上することを命令し、翁はかぐや姫を説得するが、かぐや姫は「死なずやあるとみ給へ」(死んでお目にかけるわ)と言って拒む。このあたりの描写はなかなか細かい。
かぐや姫の言葉は決して脅しではない。「結婚」は「かぐや姫」という存在にとっての「死」を意味する。
天皇は実力行使に出る。

帝にはかに日を定めて御狩に出で給うてかぐや姫の家に入り給ふに光満ちてけうらにて居たる人あり ――中略―― 逃げて入る袖をとらへ ――中略―― ゆるさじとすとて率ておはしまさむとするにかぐや姫答へて奏す

狩にことよせてかぐや姫の家に入り、逃げようとする袖をつかんで拉致しようとする天皇を、かぐや姫はこう言ってたしなめる。

いと率ておはしがたくや侍らむ  (連れて行こうとなさるの、結構難しいのではないかしら)

天皇は、かまわず御輿を寄せて、かぐや姫を入れてしまおうとする。
この物語のクライマックスは、ここである。

御輿を寄せ給ふにこのかぐや姫きと影になりぬ(御輿をお寄せになったところ、このかぐや姫はいきなり、影になってしまった。)

影とは、水面や鏡に映る、実体のない映像を指し示す言葉である。かぐや姫は、形はあるものの、触ることも捉えることもできない存在になってしまったのだ。映写機でスクリーン上に映し出された像のようなものである。
天皇は「連れて行くのはあきらめるから、元に戻ってくれ」と哀願する。

かぐや姫もとのかたちとなりぬ
帝なほめでたくおぼしめさるることせきとめがたし ――中略―― かぐや姫を留めて帰り給はむことをあかず口惜しくおぼしけれど魂を留めたる心地してなむ帰らせ給ひける

こうして、帝とかぐや姫との間に歌のやり取りが始まる。
さて、このパワーゲームの勝利者はどちらだろうか?
一見、かぐや姫の勝利のように見えるが、事はそう単純ではない。
かぐや姫は、月に還る直前に「死なぬ薬」と歌の入った手紙とを天皇のために遺す。
このかぐや姫の昇天の場面の、現実空間にそのまま異空間が入り込んでくるような感覚は、なかなかのセンス・オブ・ワンダーである。しかし、それ以上のセンス・オブ・ワンダーは、実は天皇とかぐや姫のやりとりの中にある。
かぐや姫が帝に遺した歌はこうだ。

今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひいでける

天の羽衣は、着ると地上での記憶をすべて失ってしまうという設定になっている。
その直前に、かぐや姫はこの言葉を帝に向けて発した。これぞ、この世の奇跡である。
だからこそ、天皇は死なぬ藥と手紙とを富士の頂上で焼かせてしまう。
天皇は知っている。死なぬ藥を飲むことは、かぐや姫との恋の成就ではない。むしろ、恋の喪失なのだ。
「物語の出で来はじめの祖なる竹取」……これは、『源氏物語』の中にある言葉である。多分、『源氏物語』の書き手は、画期的にして本質的なる何ものかの誕生を『竹取物語』の中に見ていた。

その煙いまだ雲の中へ立ちのぼるとぞいひ伝へたる

物語は 静岡の美しい風景に溶け込むように終わる。
すべての物語はここから始まる。
そして、実は、『竹取物語』に対する論考も、ここから新たに始まるのだ。
(横道仁志による論考が、こちらにあります→http://blog.sf50.jp/?p=1323

【付記】本文の引用は、諸本を比較検証した結果を統合した。(  )内に付した口語訳は宮野による。
(宮野由梨香)