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日本難民

日本難民

  • 作者: 吉田 知子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2003/02
  • メディア: 単行本

 

 静岡出身の純文学作家は多いが、吉田知子はその中でもSFファンに親しまれている方だろう。事実、その作品の多くにはSF的アイデアが盛り込まれている。芥川賞を受賞した「無明長夜」(新潮文庫)には吉田版博物誌というべきショートショート集「生きものたち」が収められているし、「箱の夫」(中央公論社)は、小箱の中で夫を飼育するブラックな幻想譚だ。「千年往来」(新潮社)は、一人の女が時空を飛び越えさまよう。
 そんな中でも近作「日本難民」は、吉田がもっともSFに接近した作品といえる。近未来(と思われる)日本、正体不明の「連合国軍」から攻撃され、人々はなす術を持たず右往左往する。一組の夫婦の目線を通して、「打つ手のない」混乱が描かれていく。
 作品が発表されたのは03年、既に八年が過ぎ去っているが、東日本大震災後の現在の視点から読むと心穏やかではいられない。事実、原発事故の起きた福島からは、後先を考える間もなく多くの人が脱出した。行く先のあてもないまま、ひたすら車で西を目指し、思い思いの場所で助けを求めた。中には「昔海水浴で来て海がきれいだったから」という理由で京都府舞鶴市で住居を探した人もいるという。親戚や友人など行き先にあてがある人ばかりではなかったのだ。
 その混乱ぶりは、吉田の書いた世界とぴったりと重なる。実は逃げ場などない、という意味でも、震災後の日本と「日本難民」たちは大差がない。正体不明の「連合国軍」も放射能も姿が見えず、どの程度脅威なのかまったく分からない。でも隙間なく包囲されているらしい。とりあえず目の前には日常の光景が広がっているとしても、衝動的に逃げ出さずにはいられない。どこかに行くあてはあるか、というとまるでないのに。
 頼りにならぬ夫、ヒステリーを起こす妻、それでもその日の宿と食料はどこかで調達しなければならない。逃げた人の家でも逃げなかった人の家でも、日々小さな諍いは続いていることだろう。
 多くの吉田作品と同様、この物語の舞台に固有名詞は与えられていない。だが「焦土になったらしい東京」と大阪の中間にあって、南側は海、北は山、という環境にあるのは静岡しかない。そして東京へも大阪へも逃げられないとなれば、人々は意味もなく山に逃げるしかない。
 「日本難民」でも冒頭に登場する無個性な新興住宅地は、多くの吉田作品の舞台となっている。それは東京文化圏の最西端として開発された静岡の街並みの実像をある程度反映したものなのだろう。

お供え

お供え

  • 作者: 吉田 知子
  • 出版社/メーカー: 福武書店
  • 発売日: 1993/04
  • メディア: 単行本

 そうした新興住宅地が大変効果的な形で登場するのが代表作のひとつ「お供え」である。孤独にひっそりと暮らす未亡人の家の前に、ある日花が供えられ、賽銭が放り込まれる。人々の気まぐれと放置していると事態は加速度的に大がかりになっていき、老女はいつの間にか「神」にまつりあげられてしまう。
 こうした新興住宅地ではモダンさを演出するためか、土地のカラーを一切排除して都会的な無色の空間が作り出される。だがその地盤にあった土俗的な世界は消し去られたわけではなく、強引に封じ込められているにすぎない。ふとしたきっかけで表層に噴出し、モダンな空間と容易に交じり合ってしまう。本来静岡は古い土地であり、そこには独自の歴史や文化が根付いていた。それを強引にはらいのけたとき、何が起きるのか。
 吉田作品は静岡が舞台であることを隠蔽しているようでいて、実は逆説的に静岡を強調した地誌SFともなっているのである。
 かくもSFにとって魅力的な吉田作品であるが、悲しいことに代表作の大半は現在新刊で入手することができず、何冊は法外な高値で取引されている。しかし幸いなことに今回紹介した二冊は比較的安価にネット上で古書を入手できる。一読をお勧めしたい。(高槻真樹)