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杉本 蓮 「KI.DO.U」― 核燃料廃棄物の危険 ― 女性の心の秘密
                                  藤元登四郎

徳間デュアル文庫

 杉本 蓮の「KI.DO.U」(徳間書店、二〇〇〇)は第一回日本SF新人賞の
佳作を受賞した。選考委員の中でこの作品を入選に推薦したのは、小谷真理、大原ま
り子、久美沙織の女性陣であった(「SFジャパン」二〇〇〇年四月、三三五-三三
七頁)。
 「KI.DO.U」は、娘の父親への献身を描いたSFであり、ソフォクレスの
「コロノスのオイディプス」のアンティゴネを想起させる。アンティゴネは、悲劇の
父親と一緒にさすらいの旅に出て、父親が安息の地にいたるまで労苦をともにした。
「KI.DO.U」も同様に、危機に追い込まれた娘と父親を描いているが、「コロ
ノスのオイディプス」とは異なった心理学的構造を持っている。それは、ソフォクレ
スがコロスの観客に語りかけているのに対して、杉本は自分自身に語りかけていると
いう点である。主人公の向原深優姫(みゆき)とその父親の間のコミュニケーション
は、作者の自己完結した世界で行われている。この排他的な過激なやり取りをどう理
解するかは、ただ読者の異性観に関わっている。したがって評価が極端に分かれるの
も当然だろう。
 ところで、「KI.DO.U」は二つのメッセージを持っている。一つは深優姫の
父親に対する願望充足を目指すもの、もう一つは核燃料廃棄物の人類的危険性に関す
るものである。この二つはメビウスの輪のようにつながっている。

 「KI.DO.U」は、深優姫が七つの封印を一つ一つ解いていくことによって展
開される。彼女はイギリスに住んでいたが、二年前に交通事故で死んだはずの父親、
向原周人からのメールを受け取った。そこで指示された通りに東京に戻った。このこ
とは、彼女が、冒頭から父親に盲目的に服従し、進んで苦行の中に身を投じたことを
意味している。
 深優姫が父親からプレゼントとして受け取ったのは、ヒューマン型コンピュータで
あった。これは、父親が彼女を守るために制作し、アマネと名づけた父親の身代わり
であった。碧い髪に緋い瞳、ナルシスのように美貌で、ボクサーのように引き締まっ
た筋肉を備え、さらに生殖能力まで持っていた。しかし、その耐用年数はわずか三年
に過ぎなかった。
 初対面で、深優姫は「私がお前の所有者(マスター)よ」といってたんかを切った。
しかしアマネは、「所有者(マスター)だあ? そんなにマスターベーションをしてー
んなら一人でやれ、ターコ」と、汚い言葉で応じた。アマネは、所有者に従うように
プログラムされていたが、単なるモバイルではなく反抗心があった。これはアマネに
魂があるという証拠であった。アマネは彼女を守るために、襲い掛ってくる正体不明
の敵と全力を挙げて戦った。あまりにも残酷に敵を倒していくので、深優姫にはその
非情さが我慢ならなかった。しかし、アマネがいなかったら、彼女はたちまち殺され
てしまっただろう。アマネは、彼女が生き抜くためには、どうしても必要な存在で
あった。彼女はいつのまに、アマネをモバイルとしてではなく、「汝」として、忍耐
強く話しかけ、教え、自分の願う方向へと導いていった。こうして、父親のプログラ
ムに忠実に沿って封印を解いて進んで行くうちに、彼女は次第に、自分やアマネや父
親の本当のアイデンティティを知ることになった。

 封印が一つ一つ解かれるごとに、深優姫の父親の正体が浮かび上がっていった。向
原は偉大な天才科学者で、評判は悪かったが、彼女に対してだけは、「温かいソ
ファーのような」人物であった。彼は新型の核融合エンジンと核融合発電システムを
開発した。その核融合エンジンを搭載した日本航空宇宙局のシャトルは、地球と火星
の間を往復し巨大な利益を生んだ。しかし、それは大きな問題を抱えていた。
 「どんなに科学が発達しても人間はゴミを捨て続ける。竪穴式住居の昔からそれは
変わらないし、この先宇宙コロニーになっても同じだろう。だが、人間は使用済み核
燃料という厄介なゴミを抱え込んでしまった」(225頁)。埋める土地にも限度があ
るし、海中投棄もできない。そこで日本政府は産業廃棄業者に依頼して、使用済み核
燃料を宇宙に投棄することにしたのであった。しかし、もしそれを満載したシャトル
が飛行中に地球上で事故を起こしたら、どうなるだろうか。
 向原は核融合エンジンを実用化後、何者かに軟禁され、二年前に交通事故で死亡し
た。ところが実際には彼は生きており、八日前に日本国宛に彼の声明文を届けたので
ある。核融合エンジンの制御設計にウィルスを仕掛けたという。そのウィルスが発症
すると、シャトルは富士山麓の樹海に墜落する。そうなるとシャトルはまさに質量爆
弾と化す。
 向原がウィルスを仕掛けたのは、科学を利用して利益だけを追求し、使用済み核燃
料の問題を考慮しない日本政府に対する怒りからであった。ただ、そのウィルスに対
するワクチンは、アマネが持っており、深優姫がそのキイを持っていたのである。ワ
クチンソフトが起動する代わりに、向原の脳波は停止することになっていた。
ここで私が注目するのは、このSFに描かれた核燃料汚染の問題は、福島原子力発電
所の事故を想起させるということである。実際、杉本 蓮は福島成蹊女子高等学校
(現 福島成蹊高等学校)卒業であり、未来に起こる大事件の危険を感じとっていた
ように見える。

 深優姫は医者であったので傷ついたアマネを治療した。助け合いながら危険を潜り
抜け、封印を解くたびに、アマネの心は次第に目覚めていった。それに反応するかの
ように、深優姫がアマネに性的興奮を覚える場面がある。彼女は、包帯だらけで下着
一枚のアマネを見た。アマネがいった。「なんだよ、パンツの中身だって他の奴ので
何回も見てるだろうが。医者で二十五の女が、いまさら恥ずかしがってどーすんだ?
 ヴァージンじゃあるまいし」
 ここで、アマネが初対面でいった言葉、「そんなにマスターベーションをしてーん
なら一人でやれ」の意味がはっきりする。深優姫とアマネの関係は、女の子と指人形
のやり取りのようなものである。女の子は何も知らない人形を、忍耐強く教えて導い
ていくところに喜びを感ずる。ここには人形を通じて、自分を確認する喜び、すなわ
ち自体愛が息づいている。次第にアマネは、人間化され性愛化され真実の愛に目覚め
ていく。深優姫は、アマネの「お前を護るのは、命令だからじゃない」という言葉を
聞いて狂喜した。彼女は人間ではなく、モバイルと恋に陥ったのであった。

 「富士山麓に広がる深緑の海原、樹海」のただ中にある山小屋に、かつて深優姫
は、父親と母親と三人で幸せに暮らしていた。富士山麓の樹海とは、私たちにとって
も、ミステリアスな場所である。その地下に深優姫も知らない研究室があり、そこで
母親は何者かに殺されたという設定は、私たちの想像力を刺激する。
深優姫が山小屋を尋ねたのは十年ぶりであった。彼女は、寒気を感じて抱きしめた毛
布から、微かに懐かしい父親の臭いを感じた。しかし、その樹海のただ中に、核融合
エンジンを搭載したシャトルが、向原の仕組んだウィルスソフトによって、核廃棄物
を満載したまま墜落する可能性があった。そうなれば日本ばかりではなく全世界が核
汚染され破滅を招くだろう。
 山小屋は、深優姫の過去と未来が換喩的に交差する神聖な場所である。すなわち、
富士山麓の樹海―地下室のある小屋―突入する核廃棄物を満載したシャトル―この三
つの結合は、父親と娘のただならぬ出来事を連想させる。
 しかし、深優姫とアマネは協力して、核融合エンジンのウィルスソフトに対する、
ワクチンを活性化させて危機を回避できたのであった。ただしそれと引き換えに、父
親の脳波は停止し、そしてまた同時にアマネの脳波も停止することになっていた。最
後を迎えたアマネがいった。
「お前を抱いときゃ良かった。ホント、らしくねーったらねーよな」
 深優姫がエクスタシーに達したのは、まさしくアマネ/父親を失いつつある、その
瞬間であった。

 七つの封印が解かれて、シャトル墜落の危機が回避されてもこの作品は終了しな
い。深優姫は科学者としてアマネの脳細胞を復活させようと企てる。深優姫の体験
は、無軌道MU.KI.DO.Uではなく、父親の軌道に沿っていけば、うまくいっ
たということを示していた。そのように軌道に従ってアマネを治療すれば、アマネの
治療も軌道に乗るだろう。しかし深優姫がアマネを治療する目的は、アマネを復活さ
せて結ばれたいという、一途な願いからであった。ところが、アマネは父親の代理
物、すなわちアマネ/父親であるので、実際に、性関係を結ぶとすれば、社会の道徳
から、すなわち軌道からそれてしまうだろう。結局、この作品では結論は出ない。深
優姫とアマネ/父親との関係は迂回路を取り、復活途上にあるというところで終了す
る。

 「KI.DO.U」を一貫して支配するのは、ひたすら父親に愛されたいという女
性独特のエロチシズムである。それでは、父親との関係と核燃料廃棄物とは、どのよ
うな関係があるのだろうか。深優姫と父親の関係の危機は、彼女にとって、まさに核
燃料廃棄物による放射能汚染の危機と同レベルにあった。私は、杉本蓮が本能的に愛
する故郷の汚染の危機を、父親との関係に重ね合わせて感じ取ったのだと思う。
 その人が誠実な生き方をすれば、未来の予知の確率が高まるのではあるまいか。現
在の生き方が誠実であればあるほど、現在を正確に反映し、その延長である未来を予
知するアレンジメントを出現させるだろうからである。未来は、ちょうど、現在の瞬
間の生き方を微分した線のように現れる。すぐれたSFは、その執筆された時点の作
者の誠実な生き方が反映されるので、それが象徴的な形をとって未来を指し示すので
ある。
 「KI.DO.U」の底に流れる純粋な魂の息吹に触れると、女性の読者であれ
ば、幻の父親との苦行的対話から生まれるエクスタシーを、共感を持って堪能するこ
とができるだろう。男性であれば、ヴェールに隠蔽された女性の世界の気配を感じ
て、ただため息をつくばかりである。そこに神秘を感ずる人もいるし、あるいはいら
だつ人もいるだろう。私は前者の立場から、「KI.DO.U」は限りなく女性の心
の秘密に接近した傑作だと思う。最後に、この作品はもっと直接的な描写があったそ
うであるが、裏本も読んでみたいものである。   (藤元登四郎)

【付記】第6回日本SF評論賞により「SF評論賞チーム」の一員となった藤元登四郎氏の2回目の登場です。藤元氏の受賞作は、現在発売中の〈SFマガジン〉7月号に掲載されています。是非、お読み下さい。