» 2011 » 3月 » 21のブログ記事

新潮文庫

 

評論賞チーム新メンバーの藤元登四郎さんをご紹介します。 

私・高槻や岡和田さんと同様、最終選考落ち二度の苦節を経験し、「三度目の正直」で栄冠をつかんだ努力と執念の人です。せっかくですから私たち「三度目の正直」なメンツで会でも作りましょうか。やはり何もしないとは思いますが「お互い大変だったよねえ、うんうん」とお互い言い合う場面も今後増えるでしょう。これもまた、SF愛のかたちです。  

 藤元さんの飄々とした洒脱なキャラクターは、チームの陣容に厚みを加える新たな戦力となりそうです。                               (高槻真樹) 

 円月殺法富士を斬る―眠狂四郎孤剣五十三次  

柴田錬三郎(柴錬)の眠狂四郎シリーズ(1)はきわめてSF的あるいは幻想的である。このことは、柴錬がボードレールとヴィリエ・ド・リラダンを愛読していたことから十分納得できることである(2)。柴錬は彼らの影響を受けて、小説というものはエトネ(人を驚かすこと)の精神を基盤とすべきだと考えていた。

エトネという点では山田風太郎が連想されるが、柴錬との大きな違いは、風太郎の作品では男性が犠牲者であるのに対して、柴錬はそれが女性であるという点である。さらに眠狂四郎はボードレール風の美学に貫かれているという特徴がある。

眠狂四郎はオランダ人の「ころびバテレン」を父親、日本人を母親として生まれ混血児である。柴錬は狂四郎の誕生について、次のように書いている。

「戦後において、混血児という存在が、奇妙な浮びあがりかたをして、万人の関心をあつめていることに、気がついた。そこで私は、当時、禁教として戦前の『赤』よりももっと、忌避されたキリシタンをむすびつけることにした。異国の伴天連が、拷問のゆえに、信仰を裏切って、ころび、悪魔に心身を売って、女を犯したあげく、生まれた子―これほど、形而上的にも、形而下的にも、陰惨な生いたちは、ない。ニヒリストたらざるを得ないではないか」(3)

このような生い立ちのために、深い精神的なトラウマを受けた眠狂四郎は、気持ちをストレートに表現できないゆがんだ性格であったが、その裏には誰にもまして優しい心と正義感が隠されていた。そのニヒリスト狂四郎が富士山に最高のオマージュを捧げたのであった。それはいかなるものであったか。

その前に、狂四郎の使う円月殺法の魔力について説明しておこう。

円月殺法は、愛刀、岡崎五郎正宗がゆるやかに、なめらかに空間を円月に斬る間に、相手を空白の眠りに落ち込ませる。円月殺法にリアリティがあるのは、「円月」という象徴的な言葉に由来している。自然のものである「月」そして人工のものである「円」は、古来心理的に重要な意味を持っている。「円」は多面的な心の全体性をあらわしており、そこには人間と自然との全体的な関係が包含されている。これは、原始人の太陽崇拝、 初期の天文学者が考えていた球体にみられる円の象徴などにみられる通りである。空飛ぶ円盤は、アダムスキの体験記とともに世界中を魅了したが、これも円形である。

ユングは、空飛ぶ円盤のことを全体性を表す心の内容を投影したもので、その円形がこの時代に生きる人々の心の分裂を癒すものであるという説をとなえた(4)。一 方、「月」は太陽とともに天体神話として多くの象徴的な意味を持っている。たとえば占星術では、「月」は母親、流動と変化、子供、普通の人々、夜など、多くの意味がある。満月から三日月へ変化していく「月」と、変わることのない「円」が組み合わされて「円月」となると、渦巻きのような錯乱が生まれる。

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今回の大地震で被害に遭われた方に、心からのお見舞いを申し上げます。
どうか、1日も早く「なんでもない日」が戻って来ますように。
「不思議の国のアリス」で、マッドハッターたちがお祝いしていたのは“誕生日じゃない日(なんでもない日)”でした。
「くまのプーさん」にも、「なんでもない日、おめでとう!」という挨拶がありました。
その意味をかみしめつつ、SFを論じることを続けていきたいと思っております。
                         (SF評論賞チーム一同)