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トポグラフィックな想像宇宙――新田次郎の異端世界の探求   

「鳥人伝」が収録された短編集「梅雨将軍信長」。新田次郎の科学的小説ばかりを集めたSFファンも要注目の作品集

梅雨将軍信長 (新潮文庫)

梅雨将軍信長 (新潮文庫)

  • 作者: 新田 次郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/09
  • メディア: 文庫

    大江健三郎は、エッセイ「小説の神話宇宙に私を探す試み」(2001)で、彼の想像宇宙のなかで生じるトポグラフィック(地形学的)な異化について語っている。芥川賞作品「飼育」の舞台となった山村は、彼が聞かされてきた伝承が脱構築されるプロセスで、現実の世界が無化され、神話性とリアリティを有するようになった想像宇宙の土地であることが明かされる。
大江健三郎の言うトポグラフィックな異化から創出される文学宇宙という観点は、静岡という地理的な環境に接点を有するSFの探求に符合を見せる。
 瀬戸内海上空をコンベア機で飛行していた西海航空のパイロット、今里真一は未知の発光物体との接近遭遇を体験する。UFOとの遭遇が不用意に報道されてしまうと、彼はUFO現象をみしるしとして信仰の対象と仰ぐ宗教結社<星雲教>の信者たちに拉致されてしまう。みしるしとコンタクトした彼を、信者たちは<星雲教>の救世主に推戴しようというのだ。<星雲教>の指導者である司祭、盤光年は強力なマインド・コントロール・パワーの持主だ。狂信的な<星雲教>信者たちの魔手から彼を救ったのは正体不明の紳士、畔井範平だった。<世界空飛ぶ円盤実証会>の日本支部長を僭称する畔井は、彼にUFO現象が地球外に起源を持つものであることを証言するように求めてくるが…。
 二つのカルトの暗闘に翻弄されるパイロットを異常な体験を描いたこの小説を書いたのは誰だろうか? 三島由紀夫の『美しい星』にも決して劣らない過激なUFOテーマのアウトラインの小説は、新田次郎の『夜光雲』(1967)のものである。そして不思議なことは、この作品は彼の全集には一度も収録されたことのない幻の長編なのである。
山岳小説、時代小説の巨匠として知られる新田次郎は、SFと無縁ではない。横田順彌編『戦後初期日本SFベスト集成』(一九七八年 徳間書店)に収録された「この子の父は宇宙線」は日本SF黎明期作品として高く評価されている。対して『夜光雲』は、その存在自体ほとんど黙殺されてきたと言っても過言ではない。カルトとUFOという先駆的なテーマを捉えた作品であるにもかかわらず、だ。
新田次郎の小説をSFとして再考するとき、その焦点となるべきは、大江健三郎の言うトポグラフィックな異化であろう。自身が気象学者であった新田の小説には、トポグラフィックな想像宇宙を内包させているからだ。彼の小説には気象学からの視点が織り込まれていることが少なくなく、気象環境とはトポグラフィックな環境と表裏一体したものだと見なせるからだ。異化されたトポグラフィックな環境が、新田の想像宇宙における神話性とリアリティの拡散を促進していると言える。
 これは、『夜光雲』よりも早く書かれた『鳥人伝』(1956)にもより顕著に示されていると言えるのかもしれない。 江戸時代に空を飛んだといわれる備考斉幸吉の奇談を描いた『鳥人伝』は、気象環境とトポグラフィックな環境が矛盾していては成り立たない短編であったからだ。備考斉幸吉は執念の滑空を遂げた後、海中に飛行機もろとも没し去るのだ。
 『夜光雲』では、今里真一の接近遭遇体験が、気象学的な世界観の内部に取り込まれていくのも、トポグラフィックな異化に基づく想像宇宙の確立と言えるだろう。UFO現象の起源が、地球外に求められるのではなく、球電(プラズマと読み替えてもよい)という自然現象の探求へと推移していくのである。                                        (礒部剛喜)

【書誌情報】
1 『夜光雲』 新田次郎 講談社 1967年
2 「鳥人伝」 新田次郎 『梅雨将軍信長(新潮社 2910年)』に収録
3 『大江健三郎・再発見』 大江健三郎 集英社 2001年
4 <UFOと宇宙>1978年5月号 ユニバース出版社