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 プログレスレポートを読んでおられる方には既出となるが、こちらでも読めるようにしておきたい。後の日に閲覧するにはこのほうが便利がいいだろう。本日は幸い「ク」の日である。

八月の博物館 [文庫] / 瀬名 秀明 (著); 新潮社 (刊)八月の博物館 [文庫] / 瀬名 秀明 (著); 新潮社 (刊)

●静岡SFといったら
 とうぜん『八月の博物館』ですよ。
 まあ、作中に一度も静岡という言葉は出てこないけどね!
(ブログ「瀬名NEWS」8月18日)

 と、瀬名秀明は自身のブログに記している。そう、静岡という言葉は一度も出てこない。であるにもかかわらず、本書は静岡SFである。なぜなのか。それを知ることは、本書の執筆意図を知ることにもつながる。
 「八月の博物館」の後、瀬名は明らかに作風を大きく変えた。しかし私たちは、十分意図を汲み取り切れないまま今なお本書をもてあましてはいないだろうか。理系作家がちょっとした気まぐれから手がけたファンタジー。そんな風に考えてはいまいか。発表から十年が過ぎて、見通せる部分も増えたはずだ。今こそ、もう一度読み返してみたい。

 時は十九世紀、エジプト・ナイル。フランス人考古学者マリエットが勇ましく活躍し、奪われかけた出土品を取り戻すシーンから物語は始まる。あたかもよくできた歴史小説の一頁のように。

 ところがここで物語は唐突に中断し、現代の東京で新作に思い悩む作家・瀬名秀明らしき「私」の独白が始まってしまう。「現代文学を知らない理科系ベストセラー作家の喜劇」という、当時の瀬名が巻き込まれた実際の論争がそのままストーリーに取り込まれており、一瞬自分が小説を読んでいるのかエッセイを読んでいるのか分からなくなる。
 だがこれは思いつきの楽屋落ちではない。執筆当時の現実とまったく地続きな「標高ゼロ」の地点からスタートして、物語はゆっくりと離陸していく。現実とほぼ同等な世界から、より抽象度の高い虚構へ。だからこそ第1章では、上野や国立科学博物館など東京の地名が遠慮なく登場する。だが作者の小学生時代の記憶をもとに書かれる2章以降には、具体的な地名が登場してはならない。もし本来の静岡の地名が登場すれば、それはただの「エッセイ」となってしまうからだ。
 もちろん具体的な地名を出しつつなおかつ虚構である小説もあり得る。しかし瀬名がこの後仕掛ける多層的な虚構は、はるかに複雑なものだ。この多層構造を維持するためには、固有名詞はすべて剥ぎ取られる必要があった。しかしそれでいて、その描写は、限りなく実際の瀬名の体験に近いものでなくてはならない。
 確かに固有名詞は徹底的に排除されているが、手がかりはすべて消されているわけでもない。注意深く読んでいくと、興味深い記述が何箇所か見つかる。

 「私はのろのろと起き上がり、空の青さが濃くなりつつある夕方の道を帰った。一年生のときから何百回、何千回と往復した一本道だった。ガソリンスタンドの前を過ぎ、シャッターの閉まったみかん工場の横を抜け、いつも時間が固まっているような電器屋と雑貨屋を横目で見て、何年も変わらずに竹竿を干してあるトタン屋根の古い家を眺め、田圃の畦を流れる水の音を聞きながら、私は家に帰った」(新潮文庫版73ページ)

 確かに固有名詞はない。だが、いかにも静岡らしい「みかん工場」という言葉がまだここに残されている。本書の表現は、実際の体験をどれほど反映しているのだろう。瀬名に直接聞いてみた。

「『八月の博物館』の舞台は、私が子ども時代を過ごした静岡市瀬名(いまは静岡市葵区瀬名)の教職員住宅とその周辺が舞台です。主人公が通っていたのは西奈小学校」

 これは明かしても問題ないだろう。瀬名は2000年に母校を訪れ、その様子はNHK番組「課外授業 ようこそ先輩」の1本として放映されたからだ。内容は「瀬名秀明 奇石博物館」(KTC中央出版)でも読むことができる。番組からは、本書で主人公の学校に存在する「二宮金次郎像」が今も残されていることが分かる。
 瀬名から聞いた教職員住宅と西奈小学校を結ぶ道をGoogle mapで検索してみた。驚くべきことに、本当にまっすぐな一本道だった。航空写真からうかがえる町の景観は、瀬名の記述とほとんど変わっていない。その距離1・3キロ。大人の足ならば15分ほどでたどり着くが、小学生では20分以上かかったかもしれない。みかん工場は建て替えられたものの今もある。西奈小の校庭に隣接する「バックハウスコモト瀬名工場」というのがそれだ。近くには「片井電気店」の名が確認できる。間違いなくこの物語は、静岡市瀬名を舞台とする静岡SFだ。たとえそこからすべての固有名詞が奪われていたとしても。

 瀬名秀明の本名は鈴木秀明という。「せな」という独特の音を持つ姓が不思議で、アイルトン・セナのファンだと誤解した編集者もいたそうだ。同郷の出身で先にデビューしていた鈴木光司との差別化をはかるために、編集者の提案でPNが決められた。つまり瀬名の本意ではなかったわけだが、結果として自身の故郷への関心を高めるきっかけになったかもしれない。

 本書は、瀬名らしき「私」の現在、小学生時代の思い出、未来から来た博物館、19世紀のエジプト・考古学者マリオットの物語といくつもの階層から成り、主人公がそれらの世界をつなげて巡っていくことで進行していく。
 もちろんこうしたメタフィクションはこれまでにもたくさん書かれている。その多くは虚構と現実の融合を目的とした演出であった。読者の住む現実空間を作者の創作空間に引き入れてしまうことで、究極のリアリティが達成される。筒井康隆やボルヘス、コルタサルなどこのスタイルの名手は多い。

 だが、ここで瀬名が試みたことは少し違う。瀬名は本書で自然科学的な方法のみを用いて「人間はなぜ物語に惹かれるのか」を検証した。現象の法則を見つけ出すためには、固有名詞を極力省いていかなくてはならない。瀬名秀明の物語をAの物語に抽象化した時見えてくる法則とは何か?
 これは非常に面白いパラドックスだが、実際の体験を忠実に再現しつつ、そこから固有名詞などの具体的要素を排除していくと、物語はどんどん抽象化し、ファンタジーの手触りを帯び始める。確かに自分自身が体験したものであるにもかかわらず。そこに未来の世界から来た不思議な博物館があったとしても何の問題もないほどに。
 抽象化された骨組みの物語では、現実と虚構の区別をつけることができない。物語から固有名詞を排除していくと、リアルなのに幻想的な雰囲気が生まれる。
 その世界は日常的な描写とつなぐこともできるし、より幻想的な世界とも地続きだ。科学的思考を突き詰めていくとファンタジーが現れた。瀬名自身がもっとも驚いたことだろう。実は文理が統合された先にはファンタジーがあるのではないか?いや、より論理的な幻想という意味でそこにあるのはSFと呼ぶべきか。

 ここから瀬名は、ノンフィクションとフィクションを往復しながら、ロボット学、境界知と、さらに未知の物語を探す旅へと乗り出していく。その旅はいまなお途上だ。SFファンの中には、瀬名の意図が理解できず、創作姿勢に不信感を抱く向きも多いだろう。だが瀬名がこれまでにかちえた成果は、作品を発表順に読んでいけば、おぼろげながら把握することが可能だ。よりはっきりとした言葉として像を結ぶためにはさらにひと押しが必要だが、ゴールは決してはるかかなたではない。近く発表されるという新作を楽しみに待ちたい。(高槻 真樹)

3月11日に発生した地震により被災された方々にお見舞いを申し上げます。実行委員会でも栃木の事務所が被災したため受付業務を中断しておりましたが、3月23日より業務を再開いたしました。各種業務につきましては以下のとおりの対応といたします。

郵送またはFAXによる申込みおよび企画の受付を再開します。

15,000円で受付の期間を5月末日までに延長します。

栃木事務所は計画停電の第二グループに入っており、サーバが停止することがありますので、現在ミラーサイトを構築中です。このためWebによる受付につきましては3月末をめどに再開します。

ディーラーズルームの受付につきましては4月中旬をめどに開始します。

新潮文庫

 

評論賞チーム新メンバーの藤元登四郎さんをご紹介します。 

私・高槻や岡和田さんと同様、最終選考落ち二度の苦節を経験し、「三度目の正直」で栄冠をつかんだ努力と執念の人です。せっかくですから私たち「三度目の正直」なメンツで会でも作りましょうか。やはり何もしないとは思いますが「お互い大変だったよねえ、うんうん」とお互い言い合う場面も今後増えるでしょう。これもまた、SF愛のかたちです。  

 藤元さんの飄々とした洒脱なキャラクターは、チームの陣容に厚みを加える新たな戦力となりそうです。                               (高槻真樹) 

 円月殺法富士を斬る―眠狂四郎孤剣五十三次  

柴田錬三郎(柴錬)の眠狂四郎シリーズ(1)はきわめてSF的あるいは幻想的である。このことは、柴錬がボードレールとヴィリエ・ド・リラダンを愛読していたことから十分納得できることである(2)。柴錬は彼らの影響を受けて、小説というものはエトネ(人を驚かすこと)の精神を基盤とすべきだと考えていた。

エトネという点では山田風太郎が連想されるが、柴錬との大きな違いは、風太郎の作品では男性が犠牲者であるのに対して、柴錬はそれが女性であるという点である。さらに眠狂四郎はボードレール風の美学に貫かれているという特徴がある。

眠狂四郎はオランダ人の「ころびバテレン」を父親、日本人を母親として生まれ混血児である。柴錬は狂四郎の誕生について、次のように書いている。

「戦後において、混血児という存在が、奇妙な浮びあがりかたをして、万人の関心をあつめていることに、気がついた。そこで私は、当時、禁教として戦前の『赤』よりももっと、忌避されたキリシタンをむすびつけることにした。異国の伴天連が、拷問のゆえに、信仰を裏切って、ころび、悪魔に心身を売って、女を犯したあげく、生まれた子―これほど、形而上的にも、形而下的にも、陰惨な生いたちは、ない。ニヒリストたらざるを得ないではないか」(3)

このような生い立ちのために、深い精神的なトラウマを受けた眠狂四郎は、気持ちをストレートに表現できないゆがんだ性格であったが、その裏には誰にもまして優しい心と正義感が隠されていた。そのニヒリスト狂四郎が富士山に最高のオマージュを捧げたのであった。それはいかなるものであったか。

その前に、狂四郎の使う円月殺法の魔力について説明しておこう。

円月殺法は、愛刀、岡崎五郎正宗がゆるやかに、なめらかに空間を円月に斬る間に、相手を空白の眠りに落ち込ませる。円月殺法にリアリティがあるのは、「円月」という象徴的な言葉に由来している。自然のものである「月」そして人工のものである「円」は、古来心理的に重要な意味を持っている。「円」は多面的な心の全体性をあらわしており、そこには人間と自然との全体的な関係が包含されている。これは、原始人の太陽崇拝、 初期の天文学者が考えていた球体にみられる円の象徴などにみられる通りである。空飛ぶ円盤は、アダムスキの体験記とともに世界中を魅了したが、これも円形である。

ユングは、空飛ぶ円盤のことを全体性を表す心の内容を投影したもので、その円形がこの時代に生きる人々の心の分裂を癒すものであるという説をとなえた(4)。一 方、「月」は太陽とともに天体神話として多くの象徴的な意味を持っている。たとえば占星術では、「月」は母親、流動と変化、子供、普通の人々、夜など、多くの意味がある。満月から三日月へ変化していく「月」と、変わることのない「円」が組み合わされて「円月」となると、渦巻きのような錯乱が生まれる。

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今回の大地震で被害に遭われた方に、心からのお見舞いを申し上げます。
どうか、1日も早く「なんでもない日」が戻って来ますように。
「不思議の国のアリス」で、マッドハッターたちがお祝いしていたのは“誕生日じゃない日(なんでもない日)”でした。
「くまのプーさん」にも、「なんでもない日、おめでとう!」という挨拶がありました。
その意味をかみしめつつ、SFを論じることを続けていきたいと思っております。
                         (SF評論賞チーム一同)

日本中がたいへんなことになっておりますが、現状まだ一人で運用中の編集部は大阪にありますので、プログレスレポート3号の編集作業に入っています。

先日、依頼された仕事で一週間ほど上海に行っておりまして、帰ってきて以来、その編集作業時間になると邪魔しに来る怪物がおります。猫が喉を鳴らしているところ
今のところ、これが、プログレスレポート3号の編集作業を阻む最大の敵となっております。

大会のサイトは本blogを除いて停止しています。
サーバの安全は確認されていますが、電力会社によると断続的な停電の可能性もあるため、安全のため停止しています。

これにともない、インターネットからの参加申し込み・自主企画申し込みを停止しています。
また、業務委託先のある栃木県には郵便も届きにくいことが考えられます。
郵送によるお申し込みやお電話によるお問い合わせも一週間程度は控えていただきたく存じます。

お急ぎの方はFAX 050-3156-1349 にご連絡ください。

   3月9日…「ク」の日である。
 2月は放っておいてゴメンね、「ク」さん。
 あと「おか」さんもゴメン。「静岡(しずおか)」の「静(しず)」は「1・三・月・ナ・ク・コ」でフォローしたけど、「おか」は放っておかれたままだった。
   だから、今日は、この人だぁ!

丘浅次郎……名前が「おか」で、静岡生まれ。
   ここでとりあげるにふさわしい人物であろう。
   主著とされる『進化論講話』は、明治・大正期日本のベストセラーである。
     『進化論講話』(開成館)1904年 → 『増補版 進化論講話』(開成館)1914年 → 『丘浅次郎著作集Ⅴ 進化論講話』(有精堂)1969年 →『進化論講話(上)(下)』(講談社学術文庫)1976年
本文はここでも読めます! http://www7b.biglobe.ne.jp/~bokujin/shiryou1/shinnkaronn2.html                            (引用は『丘浅次郎著作集Ⅴ 進化論講話』によった)

『進化論講話』は、日本人に進化論の正確な知識を普及させた名著として知られるが、ただの科学解説書に留まらない。
『明治・大正・昭和の名著 総解説』(自由国民社)にも3頁を費やして解説されているが、そこで、この本は「科学の面白さをたんのうさせるとともに、人類の運命を生物学的に論じた特異な思想書」と紹介されている。
 まさにその通りなのである。
全20章からなる『進化論講話』は、第19章の題を「自然における人類の位置」という。「人とは何物であるか」について論じるにあたって、彼はまず、次のように書いている。

 人とは何物であるかといふ問題を研究するには、自身が人であることは、一切忘れて、恰も他の世界から此地球に探検旅行に来た如き心持ちになり、他の動物と同様に人間の習性を観察し、他の動物と同様に人間の標本を採集して帰つた積りで研究せねばならぬ。(339頁)

 おお、この発想はSF! 
しかも、どうやらこの人にとって、科学とはそういう意味ではすべて「SF」であるらしい。
 彼は明瞭であるものに信を置かない。明瞭すぎる説明に対しては「『講釈師見て来た様な虚言をつき』といふ川柳などを思ひ出して、かえって全体を疑ふに至り易い。」(269頁)などと言う。
 丘浅次郎を「日本近代の啓蒙思想家」と評するのは、正しくもあり、間違いでもある。
 彼の科学に対する考え方は、次のような箇所によく示されている。

 知識の光を以て照せば、何事でも解らぬものはないなどと、大声に演説すれば、その時だけは説く者も何となく偸快な感じが起つて、意気が大に高じるが、実際を顧みると、我々の知識は中々左様なものではなく、わずかに闇夜に持つて歩く提灯位なもので、ただ大怪我なしに前へ進み得られるだけに、足元を照すに過ぎない。実験・観察と思考力とを合せ用いるのは、この提灯の光力をしだいに増加せしめる方法である。今日我々の為し得る範囲内では、この以上のことは出来ぬのであるから、不十分な点を忍んで、科学に満足するより外に致し方はない。(374頁)

 こういう謙虚な視点を持っていた人物だからこそ、1912年という早い時期に「人類の征服に対する自然の復讐」(〈中央公論〉1月)なる、環境問題を論じた画期的な論考を発表できたのであろう。また1913年の「触らぬ神の祟り」(〈中央公論〉1月)では、自然や神をシステムとして把握する思想が示されている。彼はきわめて論理的な語り口で「人類は衰退に向かっていて、いずれ滅亡する」という内容の文章を発表し続けた。当時としては非常に画期的なことであった。
 科学思想史家、村上陽一郎も、丘浅次郎を「進化論における進化という概念を、価値的な『進歩』と置き換えなかった稀有の人」とし、彼の著作を「今日でさえ耳を傾くに足るものを備えた、当時としては数少ないものの一つ」(『日本人と近代科学』新曜社、165頁・167頁)と高く評価している。
 また、丘浅次郎の文体についても、鶴見俊輔が次のような高い評価を下している。

 『進化論講話』は、ヨーロッパの翻訳語とは違う、考える散文として、すごい文章だ。(「鶴見俊輔さんと語る」〈朝日新聞〉2007年1月30日朝刊13頁)

 意外というか、むしろ当然なのかもしれないが、尾崎一雄も『あの日、この日』の中で、若き日における丘浅次郎の書物への傾倒について述べている。そういえば心境小説「虫のいろいろ」で示されるような神の概念は、丘浅次郎と非常に似通ったところがある。
 丘浅次郎は、SF的発想の土壌を育てた。
  宮澤賢治が学生時代に丘浅次郎の著作を読んでいたことは、宮澤賢治記念館に展示されている年譜にも記されている。もちろん、宮澤賢治は日本SFの重要な始祖のひとりである。
   気候改変を扱った作品『グスコ―ブドリの伝記』には、クーボー大博士という科学者が登場する。この「クーボー」とは丘の逆の「窪」なのではないかという説を、かつて宮野は唱えたことがある(本名名義)。宮澤賢治はこのような形で丘浅次郎にオマージュを捧げたのだ。
 そして、SF作家、光瀬龍は丘浅次郎の書物の熱心な読者であった。彼は、かつて丘浅次郎が長らく教鞭をとっていた大学で生物学を学んだ。http://blog.tokon10.net/?eid=1059004そして、丘浅次郎の息子を指導教官として卒業論文を書いた。『ロン先生の虫眼鏡』に登場する「O教授」とは、実は「おか教授」なのである。

   さて、1961年生まれのSF評論家、宮野由梨香も十代で丘浅次郎を愛読した。SF的に非常に面白かったからである。 例えば、ジガバチの漢字表記は「似我蜂」であることなども丘浅次郎の書物で知った。

   「我に似よ」と言い聞かせて、この蜂は拉致してきた青虫を養い育てる。生みの親より育ての親…その恩に感じて、モンシロチョウの子たる青虫もジガバチの姿になる。蜂が青虫を入れた穴から若い蜂が出てくれば、そう考えるのが当然だ。

     丘浅次郎は、こういった「観察に基づく推理」には敬意を払う。その一方で、若い娘を自殺に追い込む「丙午」に関しては、舌鋒鋭く攻撃する。ほとんどの記事がくすんで見える古雑誌の中で、丘浅次郎の文章だけが光をあてたように「読める」のだった。

    上智大学の外国語学部が2001年2月実施の入試で丘浅次郎の「境界なき差別」を問題文とした出題をした。

    今後、さらに読み継がれていって欲しいものだと思っている。

                            (宮野由梨香)

【付記】丘浅次郎は、関東大震災の折、「地震は天罰だ」といった発言に対して強く反論している。数年間、一般の雑誌に書くことを控えていた彼が、どうしてこの時期に再び書き始めたのか? それについて、考えたことを「スペキュラティブ・ジャパン」に書いてみた。http://speculativejapan.net/?p=182  読んで戴けたら幸いである。(2011年3月19日)

トポグラフィックな想像宇宙――新田次郎の異端世界の探求   

「鳥人伝」が収録された短編集「梅雨将軍信長」。新田次郎の科学的小説ばかりを集めたSFファンも要注目の作品集

梅雨将軍信長 (新潮文庫)

梅雨将軍信長 (新潮文庫)

  • 作者: 新田 次郎
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2010/09
  • メディア: 文庫

    大江健三郎は、エッセイ「小説の神話宇宙に私を探す試み」(2001)で、彼の想像宇宙のなかで生じるトポグラフィック(地形学的)な異化について語っている。芥川賞作品「飼育」の舞台となった山村は、彼が聞かされてきた伝承が脱構築されるプロセスで、現実の世界が無化され、神話性とリアリティを有するようになった想像宇宙の土地であることが明かされる。
大江健三郎の言うトポグラフィックな異化から創出される文学宇宙という観点は、静岡という地理的な環境に接点を有するSFの探求に符合を見せる。
 瀬戸内海上空をコンベア機で飛行していた西海航空のパイロット、今里真一は未知の発光物体との接近遭遇を体験する。UFOとの遭遇が不用意に報道されてしまうと、彼はUFO現象をみしるしとして信仰の対象と仰ぐ宗教結社<星雲教>の信者たちに拉致されてしまう。みしるしとコンタクトした彼を、信者たちは<星雲教>の救世主に推戴しようというのだ。<星雲教>の指導者である司祭、盤光年は強力なマインド・コントロール・パワーの持主だ。狂信的な<星雲教>信者たちの魔手から彼を救ったのは正体不明の紳士、畔井範平だった。<世界空飛ぶ円盤実証会>の日本支部長を僭称する畔井は、彼にUFO現象が地球外に起源を持つものであることを証言するように求めてくるが…。
 二つのカルトの暗闘に翻弄されるパイロットを異常な体験を描いたこの小説を書いたのは誰だろうか? 三島由紀夫の『美しい星』にも決して劣らない過激なUFOテーマのアウトラインの小説は、新田次郎の『夜光雲』(1967)のものである。そして不思議なことは、この作品は彼の全集には一度も収録されたことのない幻の長編なのである。
山岳小説、時代小説の巨匠として知られる新田次郎は、SFと無縁ではない。横田順彌編『戦後初期日本SFベスト集成』(一九七八年 徳間書店)に収録された「この子の父は宇宙線」は日本SF黎明期作品として高く評価されている。対して『夜光雲』は、その存在自体ほとんど黙殺されてきたと言っても過言ではない。カルトとUFOという先駆的なテーマを捉えた作品であるにもかかわらず、だ。
新田次郎の小説をSFとして再考するとき、その焦点となるべきは、大江健三郎の言うトポグラフィックな異化であろう。自身が気象学者であった新田の小説には、トポグラフィックな想像宇宙を内包させているからだ。彼の小説には気象学からの視点が織り込まれていることが少なくなく、気象環境とはトポグラフィックな環境と表裏一体したものだと見なせるからだ。異化されたトポグラフィックな環境が、新田の想像宇宙における神話性とリアリティの拡散を促進していると言える。
 これは、『夜光雲』よりも早く書かれた『鳥人伝』(1956)にもより顕著に示されていると言えるのかもしれない。 江戸時代に空を飛んだといわれる備考斉幸吉の奇談を描いた『鳥人伝』は、気象環境とトポグラフィックな環境が矛盾していては成り立たない短編であったからだ。備考斉幸吉は執念の滑空を遂げた後、海中に飛行機もろとも没し去るのだ。
 『夜光雲』では、今里真一の接近遭遇体験が、気象学的な世界観の内部に取り込まれていくのも、トポグラフィックな異化に基づく想像宇宙の確立と言えるだろう。UFO現象の起源が、地球外に求められるのではなく、球電(プラズマと読み替えてもよい)という自然現象の探求へと推移していくのである。                                        (礒部剛喜)

【書誌情報】
1 『夜光雲』 新田次郎 講談社 1967年
2 「鳥人伝」 新田次郎 『梅雨将軍信長(新潮社 2910年)』に収録
3 『大江健三郎・再発見』 大江健三郎 集英社 2001年
4 <UFOと宇宙>1978年5月号 ユニバース出版社 

大会まで、あと6ヶ月になりました。
大会企画・自主企画とも実施に向けて進行しています。

3月6日(日)の13時から17時まで東京スタッフ会議を開催します。
場所は、目黒区民センターです。
自主企画をお申し込みの方、大会企画の提案のある方はぜひお越しください。